臓器障害・他疾患を合併する高血圧の管理

1. 脳血管障害

脳血管障害を合併する高血圧の治療

脳血管障害を合併する高血圧の治療

SBP:収縮期血圧, DBP:拡張期血圧, MBP:平均動脈血圧
*1 血栓回収療法予定患者については,血栓溶解療法に準じる。
*2 重症で頭蓋内圧亢進が予想される症例では,血圧低下に伴い脳灌流圧が低下し,症状を悪化させる,あるいは急性腎障害を併発する可能性があることに留意する。
*3 重症で頭蓋内圧亢進が予想される症例,急性期脳梗塞や脳血管攣縮の併発例では血圧低下に伴い脳灌流圧が低下し症状を悪化させる可能性があるので慎重に降圧する。

 

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P95表6-1

わが国では高血圧性臓器障害に占める脳血管障害の割合が大きく、特に脳梗塞患者が増加しつつあります。脳血管障害患者では、急性期に高血圧を合併している割合が大きいことから、急性期の血圧管理、特に超急性期の脳梗塞再灌流療法(血栓溶解療法や血管内治療)時の適切な降圧が重要な課題となっています。また、高血圧は脳血管障害再発の最も重要な危険因子であるため、再発予防を目的とした血圧管理が求められています。

 

脳血管障害を合併する高血圧の管理は、表に示すとおり、脳血管障害の発症時期によって異なる降圧目標が設定されています。以下に主なポイントを示します。

 

  • 脳梗塞の超急性期で血栓溶解療法を行った場合、治療24時間以内は180/105mmHg未満にコントロールする。
  • 脳梗塞の超急性期(血栓溶解療法の対象にならない発症24時間以内)および急性期(発症2週間以内)で、220/120mmHgを超える高血圧が持続する場合、大動脈解離・急性心筋梗塞・心不全・腎不全などを合併している場合は、前値の85%を目安に慎重に降圧する。
  • 脳出血の急性期は、できるだけ早期に収縮期血圧(SBP)を140 mmHg未満に降圧する。
  • 発症から脳動脈瘤処置までの破裂脳動脈瘤によるくも膜下出血の急性期で、SBP160 mmHgを超える場合は、前値の80%を目安に降圧する。
  • 脳血管障害の慢性期(発症1ヵ月後)は、130/80mmHg未満を降圧目標とする。ただし、両側頸動脈高度狭窄や脳主幹動脈閉塞を有する、あるいはそれらの有無を未評価の場合は、140/90mmHg未満を降圧目標とする。

 

脳血管障害を合併する高血圧の降圧薬治療は、超急性期においてニカルジピンなどCa拮抗薬の微量点滴静注を行いますが、急性期以降で可能な症例は経口降圧薬の投与に変更します。経口降圧薬としては、降圧時に脳血流を減少させないCa拮抗薬、ACE阻害薬、ARB、利尿薬が推奨されています。

2. 心疾患

心疾患を合併する高血圧の治療

心疾患を合併する高血圧の治療

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P102表6-2を改変

心臓は高血圧の重要な標的臓器であり、収縮期及び拡張期の圧負荷の増大にともなう心筋リモデリングや冠動脈硬化の進展によって、冠動脈疾患、心不全、不整脈、突然死に至るおそれがあります。そのため、血圧を十分かつ持続的に下げることが重要です。 心疾患を合併する高血圧の治療について、以下に主なポイントを示します。

 

  • 心肥大:心血管病イベントや突然死を減少させるため、降圧治療による心肥大の退縮を目指し、RA系阻害薬、Ca拮抗薬を第一選択薬とする。
  • 冠動脈疾患:130/80mmHg未満を降圧目標とし、器質的冠動脈狭窄による狭心症に対してはβ遮断薬やCa拮抗薬、冠攣縮性狭心症に対してはCa拮抗薬を第一選択薬とする。狭心症の症状軽減や心血管病イベント減少のため、循環器専門医と連携して心筋虚血を評価し、冠血行再建術の適応も検討する。
  • 心筋梗塞後:降圧に加え、心血管病イベントや予後改善を目的にβ遮断薬、RA系阻害薬(ACE阻害薬を推奨、忍容性がない場合はARB)、重症収縮機能低下症例にはMR拮抗薬を追加する。
  • 心不全:高血圧は心不全の基礎疾患として最も高頻度で、全てのステージにおける増悪因子であるため、厳格な降圧を要する。

    (左室駆出率40%未満)➡

    QOL改善、心不全再入院抑制、予後改善を目的に、標準的薬物治療としてACE阻害薬(忍容性がない場合はARB)、β遮断薬、利尿薬、MR拮抗薬の併用療法を行う。

    HFpEF(左室駆出率50%以上)➡

    心不全入院を予防するため、収縮期血圧 (SBP)130mmHg未満を降圧目標に、利尿薬を中心とした降圧治療を行う。

  • 心房細動:高血圧は心房細動発症の主要リスクであり、新規発症抑制にはSBP130mmHg未満の厳格な降圧が有効である(心房細動を発症した患者においても、適切な抗凝固療法や心拍数コントロールとともにSBP130mmHg未満を目指す)。心肥大や心不全例での新規発症予防として、RA系阻害薬を中心とした降圧薬治療を行う。

3. 腎疾患

CKD合併高血圧患者に対する生活習慣の修正項目

1 食塩制限 6g/日未満
3 適正体重の維持
4 禁煙
5 腎機能に応じた蛋白摂取量の適正化
6 運動

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P108 4)より作成

慢性腎臓病(CKD)患者は、高血圧、血圧の日内リズムの異常など脳心血管病発症の危険因子を併存しています。 CKDをともなう高血圧患者に対する治療において、生活習慣の修正は最も基本的かつ重要な事項です。考慮すべき生活習慣の修正項目について、以下に主なポイントを示します。

 

  • 食塩制限:CKDをともなう高血圧患者では食塩感受性が亢進していることが多く、減塩による降圧効果が期待できることから、6g/日未満の食塩制限が推奨されている。
  • 適正体重の維持:肥満がCKDや末期腎不全(ESKD)の発症に関与すること、メタボリックシンドロームはCKD発症の危険因子でありCKD患者の予後に関与すること、などから適正体重の維持が求められる。
  • 禁煙:喫煙は脳心血管病の危険因子であることが確立しており、CKD患者は心血管死亡のリスクが高いため、禁煙は基本である。
  • 蛋白摂取制限:蛋白質の過剰摂取は腎機能予後に影響を及ぼすため、蛋白摂取制限が求められる。CKDステージ別の蛋白質摂取量の基準として、ステージG3a:軽度-中等度低下の場合0.8-1.0g/kg標準体重/日、ステージG3b:中等度-高度低下以降の場合0.6-0.8g/kg標準体重/日とされている(慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版)。
  • 運動療法:腎機能、年齢、患者背景に応じて、安全な環境下で実施するよう指導する。

 

※高齢者の場合、厳格な食塩制限や蛋白制限は糸球体ろ過量(GFR)の低下やサルコペニア、フレイルのリスクがあるため、個々の病態に応じた総合的判断のもとに行う必要がある。

CKD合併高血圧患者の降圧目標と第一選択薬

CKD合併高血圧患者の降圧目標と第一選択薬

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P108より作成

慢性腎臓病(CKD)患者においては、原疾患であるCKDの治療とともに厳格な血圧管理が求められます。そのため、血圧が目標降圧値以上の場合は、生活習慣の修正とともに直ちに薬物治療を開始します。
CKD合併高血圧患者に対しては、脳心血管病の発症抑制およびCKD・末期腎不全(ESKD)の進展阻止を達成するための降圧目標を設定し、最適な降圧薬を選択することが望まれます。

 

  • 降圧目標:糖尿病非合併CKDで蛋白尿あり※の場合、130/80mmHg未満を推奨する。蛋白尿なしの場合は、益と害のバランスを考慮し、腎機能、年齢に配慮して個別に対応する(高齢者では、降圧速度に注意し、過度の降圧を避ける)。
  • 第一選択薬:糖尿病非合併CKDで蛋白尿あり※の場合、ランダム化比較試験のメタ解析の結果、RA系阻害薬の有意な尿蛋白減少作用とともに腎不全の進行抑制作用が認められたことから、RA系阻害薬が推奨される。一方、蛋白尿なしの場合にRA系阻害薬はアルブミン尿の減少はもたらすものの、末期腎不全への移行や脳心血管病発症の減少については有意な影響が認められなかったことから、RA系阻害薬、Ca拮抗薬、サイアザイド系利尿薬のいずれかが推奨される。

 

※尿蛋白定性(±)以上で尿蛋白/クレアチニン比を測定し、0.15g/gCr以上の場合に蛋白尿あり(A2/A3)と判定する

4. 糖尿病

糖尿病合併高血圧の降圧目標

診察室血圧 130/80mmHg未満
家庭血圧  125/75mmHg未満

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P124より作成

糖尿病合併高血圧患者においては、糖尿病を特徴づける最小血管障害や大血管障害を予防し、改善させるため、生活習慣の修正や適正な血糖管理に加え、厳格な血圧管理が重要です。

 

糖尿病合併高血圧の降圧目標は、診察室血圧で130/80mmHg未満、家庭血圧で125/75mmHg未満です。ただし、冠動脈疾患、末梢動脈疾患合併例においては、降圧にともなう臓器灌流低下に十分に配慮する必要があり、家庭血圧や自由行動下血圧による血圧評価などを積極的に行うことが望ましいとされています。

 

糖尿病合併高血圧患者に対する収縮期降圧目標として130mmHg未満が推奨された根拠としては、集学的糖尿病管理において130mmHg未満での脳血管病予防の有効性が日本人で明らかになったことが挙げられます。つまり、糖尿病合併高血圧の薬物療法では、脳心血管病の発症を低下させるために、収縮期血圧130mmHg未満(家庭血圧は収縮期125mmHg未満)を目指すことが推奨されています。

糖尿病合併高血圧の治療計画

糖尿病合併高血圧の治療計画

*1 少量のサイアザイド系利尿薬
*2 ARBとACE阻害薬の併用は避ける
*3 動脈硬化性冠動脈疾患,末梢動脈疾患合併症例,高齢者においては,降圧に伴う臓器灌流低下に対する十分な配慮が必要である

 

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編).高血圧治療ガイドライン2019.P126図7-1

糖尿病合併高血圧患者では、診察室血圧130/80mmHg以上で、血糖管理に加え減量、運動療法、減塩などの生活習慣の修正を行い、同時に降圧薬の投与を開始します。

  • 140/90mmHg以上の場合:直ちに降圧薬を開始する。
  • 130-139/80-89mmHgの場合:おおむね1ヵ月後に再評価し、生活習慣の修正による降圧目標達成が見込めれば、3ヵ月を超えない範囲で生活習慣の修正による降圧を試みてもよい(改善が得られなければ降圧薬の開始を速やかに考慮する必要がある)。

 

糖尿病合併高血圧の薬物療法に関するシステマティックレビューの結果、脳心血管イベントをアウトカムとした場合、Ca拮抗薬やサイアザイド系利尿薬に対するRA系阻害薬の有用性は示されなかったことから、第一選択薬としては、ARB、ACE阻害薬、Ca拮抗薬、サイアザイド系利尿薬が推奨されています。ただし、微量アルブミン尿(30mg/gCr以上)あるいは蛋白尿の合併がある場合は、ARB、ACE阻害薬のいずれかが推奨されています。
また、第一選択薬による降圧が不十分な場合には、ARBまたはACE阻害薬、Ca拮抗薬、少量のサイアザイド系利尿薬を併用し、さらに降圧を要する場合には3剤を併用します(ARBとACE阻害薬は併用しない)。
降圧目標は、診察室血圧で130/80mmHg未満ですが、動脈硬化性冠動脈疾患、末梢動脈疾患合併例、高齢者においては、降圧にともなう臓器灌流低下に対する十分な配慮が必要です。