
糖尿病網膜症は視力を損なう恐れのある重大な疾患です。予防・管理のためには内科医による適切な血糖コントロールと眼科医による定期的な眼底検査が肝要で、両者の密な連携は不可欠です。しかし糖尿病患者の眼科受診率はいまだ低く、十分に連携が取れていない実情があります。こういった危機感から、2025年の「第31回日本糖尿病眼学会総会」は内科医と眼科医の連携強化をテーマとし、同時期に開催される日本糖尿病学会の「第59回糖尿病学の進歩」との合同企画も予定されています。それぞれの会長、世話人を務める志村雅彦先生と益崎裕章先生に、連携の在り方についてお話を伺いました。

東京医科大学八王子医療センター 眼科 診療科長・教授 志村 雅彦 先生(右)
琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授 益崎 裕章 先生(左)
原点回帰で
糖尿病網膜症患者を救え!
〜内科と眼科の理想的な連携の在り方とは〜

連携強化を目指し、同時期開催が実現
―「日本糖尿病眼学会総会」 と 「糖尿病学の進歩」 が同時期に沖縄で開催されます。簡単に学会の概要と同時期開催に至った経緯を教えてください。
志村先生 日本糖尿病眼学会は今回で 31回目の総会を迎えます 。眼科医と糖尿病内科医の共同研究や連携の機会がなかった時代に創設され、糖尿病による眼合併症の克服を目指しています。
現在、眼科や内科に限らず、各診療科は専門領域の細分化という同じ課題を抱えていると思います。患者の全身の状態よりも“局所”にフォーカスした診療が増えている。例えば薬物療法は劇的な進化を遂げていますが、それで糖尿病網膜症が改善しても、全身の状態を意識して生活習慣の改善などに取り組まなければ、結局は元の木阿弥になってしまいます。そこで、もう一度原点に立ち戻って内科医と眼科医が一緒に糖尿病合併症について学ぶ機会をつくりたいと考え、益崎先生に相談させていただいたのです。一方的なお願いにもかかわらずご快諾いただき、同時期開催が実現しました。総会のテーマに掲げている連携強化を目指し、その重要性を再認識できればと思っています。
益崎先生 日本糖尿病学会は、創立から約 70年の歴史を持ち、最重要の学術イベントとして春の「年次学術集会 」と今回の「糖尿病学の進歩」を年に1回ずつ開催しています。「糖尿病学の進歩 」は生涯教育の色彩が強く、糖尿病学の最新トピックを多職種で学ぶことを目的としています。今回、志村先生からお話をいただき、日本糖尿病眼学会との合同企画を 2つ(「大きく進歩した糖尿病眼合併症治療の今を知る」 「多職種で考える糖尿病と眼合併症のケア〜現場の困りゴトに専門家が答えます!〜」)、組むことができました。志村先生がおっしゃるように、糖尿病領域も細分化・専門化が進んでおり、私も強い危機感を持っています。両学会が力を合わせ、同じ方向を見て知見を共有することが極めて重要です。歴史的な機会に恵まれたことを感謝しております。
Face to Faceの対話で
互いの人間性を知ることが不可欠
―連携強化を目指すということですが、内科と眼科の連携について、現状の課題はなんですか。

志村 雅彦 先生
志村先生 内科医と眼科医がFace to Faceでコミュニケーションを取れていないのが最も大きな課題です。患者を紹介・逆紹介していれば連携できていると思いがちですが、互いに顔を合わせ、重症化をどのように予防するのかといった意見交換が満足に行えていることは少ないでしょう。同じ施設でありながら、内科と眼科の医師が顔を合わせたこともないというケースまであります。相手の先生がどのような人であり、どのような診療・治療を行うのか。文書上のやり取りではなく、実際の人間性を知る。それがなければ内科と眼科の連携強化は成しえないと思います。例えば当センターでは、研究熱心な腎臓内科の先生と定期的に臨床研究のミーティングを実施しています。共同研究は相互理解を深める良い機会です。そういう人間的な付き合いを増やしていかなければならないと考えています。
益崎先生 当院も眼科との連携は極めて円滑ですが、全国的に見れば最新の知見が必ずしも効果的に共有できていないと感じます。糖尿病合併症は従来、細小血管障害と大血管障害に分けられてきましたが、いまやこの二分論は時代遅れとなり、病態メカニズムから捉え直す必要が出てきています。そのためにも医療者の生涯教育が必須であり、連携強化の重要性はよりいっそう高まっているといえます。連携の要として、内科と眼科を円滑につなぐ多職種のスタッフの皆さまの役割に大いに期待しています。
2020年度の診療報酬改定前の議論では、糖尿病の非認定教育施設では約4割、認定教育施設においても約6割しか眼科を受診していないことが指摘されており(図1)1)、それを受けて同年度の改定では生活習慣病管理料の算定要件に年1回程度の眼科受診勧奨が加わりました。この算定要件の追加を受けて医療者のマインドは変わりつつありますが、眼科受診率の低さは今もって課題でしょう。
糖尿病患者は身体中の血管に問題を抱えることになりますから、内科医には内科学の王道である“全身を診る”ことが求められます。糖尿病と診断された方に眼科の検査を受けてもらうことは当然として、糖尿病診療に必要な全プロセスを把握しておく重要性を再認識しなければなりません。

志村先生 糖尿病網膜症で難しいのは、進行度合いと自覚症状がリンクしていない点です。患者にしてみれば、問題なく見えているのになぜ眼科の検査を受ける必要があるのか分からず、自己判断で受診を中断するケースが少なくない。しかし、糖尿病網膜症ではかなり悪化するまで視力を維持できる方もおり、気付いたときにはもう手遅れなのです。
一方で、2020年度の改定以降、内科の先生から多くの糖尿病患者を紹介していただけるようになったのですが、眼底に問題のない患者でも毎月のように受診されるケースが増え、困惑している眼科医もいるようです。ここにも内科医と眼科医のコミュニケーション不足が根底にあると思います。内科の先生方がどのような思いで患者を紹介してくださったのか、眼科医は理解する努力をしなければならないでしょう。
療養計画書の作成で
勘違いや見逃しを排除
―2024年度の診療報酬改定では、主にかかりつけ医が糖尿病患者を対象に算定していた 「特定疾患療養管理料」 の対象疾患から糖尿病が除外され、代わりに療養計画書を交わして管理を行う 「生活習慣病管理料」 を算定するよう促されました。これをどのように考えられますか。

益崎 裕章 先生
益崎先生 糖尿病患者といっても、罹病期間や発症パターン、置かれている社会環境は百人百様です。そういった背景が異なる患者一人ひとりに、糖尿病の基礎的な知識を説明し、理解していただくのは非常に難しい。今回の療養計画書では、患者が自身の状態を理解した上で、医師と相談して達成目標と行動目標を設定し、目標に取り組む姿勢を示してもらいます。そのプロセスで、主治医は患者ごとの治療方針が明確になっていくため、勘違いや見逃しなどを排除できると期待しています。つまり、患者一人ひとりに個別化された恩恵を届けられる意味では良い改定といえます。一方で、かかりつけ医の負担は増えました。企業が作成する指導箋や他職種へのタスクシフトを活用し、効率化できる部分には積極的に取り組んでいく必要があるでしょう。
志村先生 療養計画書には眼に関する記入欄がありませんが、患者と計画を立てる際、連携する眼科医にもオンライン面談システムなどを通して参加してもらうことが理想です。いずれ連携先の医療機関を記載し、定期的にコミュニケーションを取ることが算定要件に盛り込まれるかもしれません。要件追加を待つのではなく今からでも、療養計画を立てる際に眼科受診を勧めることをお願いしたいです。
理想は4者間連携による紹介と逆紹介
―眼科が専門でないかかりつけ医が患者を眼科に紹介する適切なタイミングはあるのでしょうか。
益崎先生 リスクの高い患者は、現状、問題がなくてもすぐに眼科医に紹介すべきです。血糖の変動が激しい方や喫煙者、血管合併症のリスクを持っている患者も早い段階から専門医に介入してもらう必要があります。
志村先生 大学病院や総合病院は基本的に急性期病院ですの で、“治療”に重きを置いています。一方で、糖尿病は基本的に慢性疾患で患者との関係は長期にわたるため、普段の診療はかかりつけ医が行うことになります。急性期病院からすると、治療が必要なタイミングでかかりつけ医から紹介してもらうのが最適です。適切な治療のタイミングをかかりつけ医が判断するためには、やはり眼科医との日常的なコミュニケーションや学会参加などでの知識のアップデートが欠かせません。現実的かつ理想的な連携は、内科系のかかりつけ医と眼科系のかかりつけ医が地域の中で連携し、それぞれの領域において急性期の治療が必要なタイミングで急性期病院に紹介する4者間連携です(図2)。この4者間で日常的にコミュニケーションが取れていればなお良いでしょう。

治療中断で網膜症発症リスクは
飛躍的に上昇する
―連携が強化されることで、糖尿病患者にどのようなことが期待できるでしょうか。
益崎先生 このお話をするに当たって、1つの論文を紹介させてください 。日本糖尿病学会の英文誌 DiabetologyInternational 2024年7月号に掲載されたもので、当大学院博士課程の新里幸子さんが筆頭著者を務めています。新里さんは医療従事者ではなく、経営者として世界中を飛び回っていた方ですが、自身の健康を振り返る時間もないほどに忙しい日々だったこともあり、糖尿病を発症されました 。医師から糖尿病網膜症を含む合併症について再三、説明を受けてもまったく意に介さず、ついに網膜出血を起こして当院に初めて入院されたときは、眼がほぼ見えない状態でした。その後なんとか視力がわずかに回復し、「他の患者さんに同じような思いをしてほしくない」 と研究を志願して大学院に入学したという経緯があります。
内容ですが、2型糖尿病患者の治療中断と糖尿病網膜症の発症・進展との関連を検討したコホート研究です2 )。糖尿病網膜症のない糖尿病患者および非増殖糖尿病網膜症の糖尿病患者417例を7年間(中央値)追跡しました。その結果、治療を中断した患者は全体の13%で、治療中断群における糖尿病網膜症の発症率は58%と非中断群の20%に比べて有意に高く、年齢や性別、HbA1c値などを調整したオッズ比は4.20にも達しました(P<0.01、図3-左)。また、発症例と非増殖糖尿病網膜症から増殖糖尿病網膜症への進展例を合わせた発症・進展率も有意に高く(51% vs. 23%、P<0.01、図3-右)、治療中断が糖尿病網膜症の発症に強く関連すると結論づけられました。
この研究を通して私たちも、治療を中断させないために連携を強化する必要性をあらためて感じました。連携を強化して定期的な受診・定期チェックの重要性を啓発し続けることで、合併症を大幅に減らすことが可能になると確信しています。

志村先生 ご紹介いただいた論文では非常に説得力のあるデータが示されていますね。これまでも啓発活動の重要性を実感していたのですが、その伝え方について頭を悩ませてきました。眼科を受診しなければ糖尿病網膜症のリスクは高まると患者に具体的な数値を示しながら説明できますので、啓発活動をより充実させられると思います。
継続的な学会のコラボで連携強化を
―最後に、今後の展望をお聞かせください。
益崎先生 「糖尿病学の進歩」 と 「糖尿病眼学会総会」 の同時期の沖縄開催に対して、多くの先生方に関心を持っていただきうれしく思っております。今回の同時開催をきっかけに、日本全体の糖尿病診療、特に糖尿病網膜症の診療の質の向上につなげていきたいです。また、2つの学会のコラボレーションも1回だけで終わらせず、継続的な関係性を築けることを願っています。
志村先生 私は大学に入ったときから眼科医になろうと決めていました。人はいずれ死にます。死ぬときに、大切な人を見て死ねたら幸せだろう、そのためには眼が最期まで見えているようにしてあげたい。このような思いから眼科医になったのです。
糖尿病網膜症がこの世からなくなれば良いのですが、そのようなことはありえません。いかに治療をしなくても良い状態にできるかを目標としています。そのためには、内科医の先生方との連携強化が不可欠です。今後も内科の先生方にいろいろとご教示いただければ幸いです。
文献
1)中央社会保険医療協議会総会(第435回)議事次第.
2)Shinzato Y, et al. Diabetol Int 2024; 15: 535-543.