抗血栓療法Q&A
解説:矢坂 正弘 先生 独立行政法人 国立病院機構 九州医療センター 臨床研究推進部長 脳血管・神経内科
(2023年当時のご所属)
脳梗塞や心筋梗塞患者では、抗血小板薬や抗凝固薬が再発抑制の目的で投与されることが多い。一方、消化器内視鏡診療の手技によっては出血リスクを伴う。したがって、抗血栓療法中に消化器内視鏡診療を行う際には、血栓塞栓症と出血リスクの両方に配慮し、抗血栓薬の休薬の要否を適切に判断しなければならない。
2003年、Blackerらは、抗凝固療法中の心房細動患者における内視鏡診療(消化器、呼吸器を含む)施行後30日間の脳梗塞発症率を調べた1)。その結果、抗凝固薬を調整(減量・休薬等)した987例における脳梗塞発症割合は1.22%で、調整しなかった438例では0%であった。また、2005年にMaulazらは、脳梗塞/一過性脳虚血発作(TIA)患者におけるアスピリン休薬の影響を研究し、脳梗塞/TIA再発群におけるアスピリン休薬例の割合は4.2%、非発症群では1.3%であり、アスピリン休薬による脳梗塞/TIA再発のオッズ比は3.4であったと報告した2)。これらのデータは、抗血栓薬の休薬が血栓塞栓症のリスクを上昇させることを示している。
抗血小板薬や抗凝固薬のいずれかを休薬した場合の血栓塞栓症の発症頻度は必ずしも高くはないが、ひとたび発症すると重篤である可能性が高いため、日本では、2012年に「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡ガイドライン」3)が発表された。これにより、消化器内視鏡診療は、消化管出血リスクよりも休薬に伴う血栓塞栓症リスクに重点を置くようになった4)。また、2011年以降複数の直接経口抗凝固薬(DOAC)が日常臨床で広く使われ始めたため、2017年には同ガイドラインでDOACを含めた抗凝固薬に関する追補4)が公開された。本ガイドラインでは、エビデンスが十分でない中、消化器内視鏡の出血危険度別に抗血栓薬の休薬の要否、期間、ヘパリン置換の要否、再開時期が検討され、Delphi法による評価結果と共にステートメントが記載されている。
本ガイドラインは、抗血栓療法中の患者における消化器内視鏡診療を適切に実施する立場から、一定の見解を示すものである。しかし、ガイドラインステートメントに沿って抗血栓薬をコントロールしたとしても、消化管出血リスクや血栓塞栓症のリスクを100%取り去ることはできない。したがって、術前には、患者に消化器内視鏡の出血リスクや抗血栓薬の休薬に伴う血栓塞栓症のリスクを十分に説明し、同意を得る必要がある。