
高齢化の進展に伴い急増する心不全対策の1つとして、日本循環器学会は心不全患者の療養指導を担う心不全療養指導士の認定制度を2021年に開始しました。現在、全国各地で心不全療養指導士のネットワークが相次いで誕生。参加者はこの活動を通して研鑽や情報交換を行い、心不全患者を総合的に支える仕組みづくりに取り組んでいます。
早期から組織化が進んだ3つの地域(神奈川県・福岡県・東海)の心不全療養指導士ネットワークで活躍する薬剤師、看護師、医師の3氏に、各ネットワークの活動と課題、今後の展望について伺いました(2024年4月13日取材)。

聖マリアンナ医科大学
治験管理室 主任
土岐 真路 先生

久留米大学看護部
慢性疾患看護専門看護師
中島 菜穂子 先生

愛知医科大学
循環器内科 講師
後藤 礼司 先生
(発言順)
心不全療養指導士ネットワークの
活動と今後の展望
〜地域、そしてネットワーク間のつながりで
心不全患者さんを支える〜

心不全療養指導士としての「共通言語」が多職種連携や地域連携に寄与
―心不全療養指導士について簡単に説明していただけますか。
土岐先生 心不全のケア・療養指導に従事するさまざまな職種の医療者がそれぞれの専門性や経験を生かしながら、患者さんと家族を支えていくために日本循環器学会が設けた資格制度です。同学会では心不全療養指導士に求められる役割として5項目を挙げています(https://www.j-circ.or.jp/chfej/about/#section-5)。
中島先生 施設によって対応する心不全のステージは異なるのですが、この5項目はどのような状況でも活動の基礎となります。よく練られた目標だと思います。
後藤先生 臨床経験から心不全という病態そのものが社会に十分理解されていないと実感しているので、「啓発のための活動に参画する」という項目は特に重要だと考えています。
―心不全療養指導士の位置付けについてどのように捉えていらっしゃいますか。それぞれの立場からお聞かせください。
土岐先生 心不全チームが医師主導で構築されている施設も多くありますが、医師の異動は珍しくありません。メディカルスタッフ中心の運営を試みたのですが、自分の専門領域以外は分からないことが多く、カンファレンスの司会などでとても苦労しました。しかし、心不全療養指導士の資格取得の過程を通じて均てん化された知識を習得し、心不全チームをマネジメントするにふさわしいスキルを習得することができたと感じています。

中島 菜穂子 先生
中島先生 私は、心不全ケアに携わるさまざまな職種が資格取得を通じて「共通言語」を獲得したことで、院内さらには地域でも連携がしやすくなったと感じています。心不全療養指導士は多職種連携や地域連携におけるキーパーソンとして大きな力を発揮できると思います。
後藤先生 幅広い知識や視点が必要となる心不全の予防と管理において、心不全療養指導士はそれぞれの経験や知識を生かしながら、医師だけでは埋められなかった部分をカバーしてくれる心強い存在となっています。
ネットワークでの学びが業務の標準化につながる
―これまでに約7,000人が心不全療養指導士の資格を取得し、全国各地で心不全療養指導士ネットワークが誕生していると聞きました。心不全療養指導士が交流することにはどのような意義があるのでしょうか。

後藤 礼司 先生
後藤先生 心不全療養指導士は職種や環境などの多様なバックグラウンドを持ち、得意分野や苦手分野もそれぞれ異なります。ネットワークでつながることで自分の得意分野の知識を提供し、苦手分野の学習ができます。また、ネットワーク間の交流を通じて地域格差の解消を図ることもできます。こうした活動は、心不全療養指導士の業務の標準化にもつながります。
多忙な業務の合間を縫って資格を取得した意欲的な人が多いので、こうした人たちがつながって協力し合うことが周囲の医療者にも良い影響を与えていると感じます。
中島先生 他の施設や地域が行っている優れた点を参考に、自分たちに合った形で取り入れています。そのたびに交流による情報共有の大切さを感じます。
土岐先生 心不全療養指導士は他の指導士とつながりたい、もっと情報を得たいという思いの強い人が多い印象があります。日本循環器学会などの学術集会で開催されたセッション「心不全療養指導士Cafe」には、全国から多くの参加者が集まりました。各地域のネットワーク主催の勉強会や交流会も視野を広げる絶好の機会となっています。顔の見える関係性を築ける点はネットワークに参加するメリットの1つだと思います。実際に仕事でオーバーラップする部分もありますし、同じ患者さんを担当する可能性もあることを踏まえると、地域でのつながりは最終的に患者ケアの向上にも寄与すると考えています。
ネットワークのメリット:
アイデアを共有、心不全患者のアセスメントの質も向上
―所属されているネットワークについて、メンバー数などの概要や特徴をご紹介ください。
後藤先生 心不全療養指導士ネットワークはどこも自由度の高い集まりで、会員としては固定していません。メーリングリストやSNS、勉強会などに参加すれば、もう仲間という考え方です。もちろんコアメンバーはおり、構成職種などは表1の通りです。

ネットワークごとに概要をまとめたスライドは日本循環器協会公式ホームページの「紹介!あなたの街の心不全療養指導ネットワーク」でご覧いただけます(図)。
私がアドバイザーとして参加している東海心不全療養指導士ネットワークは、活動地域が東海4県と比較的広いため、オンライン開催の勉強会が多いですね。
中島先生 東海の勉強会は回数だけでなく、内容も充実しています。先日参加させていただき、とても勉強になりました。私が所属する福岡県のネットワーク(福心ネット)は看護師、理学療法士、薬剤師の計9人がコアメンバーで、さらに管理栄養士、作業療法士、臨床工学技士、社会福祉士、臨床検査技師など参加者の職種は多岐にわたります。広報活動の他、医療者向けの勉強会や交流会などを開催しています。

土岐 真路 先生
土岐先生 かながわ心不全ネットワークは医師が中心となって発足し、その強いリーダーシップで勉強会を年4回開くなど早い段階から精力的に活動しています。現在は、医師だけでなくメディカルスタッフも運営ができるようタスクシフト・タスクシェアを進めている段階です。
中島先生 第1回の心不全療養指導士Cafe(日本循環器学会、2023)が開催された時点で、ネットワークが形成されていたのは神奈川県と北海道でした。両グループの発表を聴いて「私たちも!」と大いに刺激されたのを覚えています。
土岐先生 新たなネットワークが学会から地元に帰る新幹線の車中で立ち上がったという話も聞きました。
後藤先生 心不全療養指導士Cafeが開催されるたびに、ネットワークが増えていますね。
―ネットワークが発足したことで、心不全療養指導士の活動はどのように変化しましたか。
土岐先生 中島先生がおっしゃったように、いいアイデアの共有は心不全療養指導士としての活動にとても有益です。私たちの施設で使っているフォローアップシートを他施設が採用したこともありますし、お薬手帳に貼るCKD(慢性腎臓病)シールの心不全バージョンを活用している施設を見て、私たちもぜひ取り入れたいと考えているところです。
中島先生 地域のさまざまな職種の心不全療養指導士とつながりができ、専門外の分野についても相談できるようになったのは大きいです。例えば、ネットワークを通じて知り合った薬剤師に薬について気軽に問い合わせるなど、とても助かっています。
現在、全国に約20のネットワークが存在し、ネットワーク間で交流する機会も設けられています。それぞれに地域性が豊かで、目的やビジョンが異なっていても、互いに学ぶところが多いです。
後藤先生 各職種による心不全患者さんのアセスメントの質が向上したと感じています。その背景には、ネットワークへの参加を通じて幅広い視点が持てるようになり、急性期だけでなく慢性期、そして在宅でのケアまで考えられるようになったことが大きいと推測しています。
心不全治療に携わる各分野のプロたちが心不全療養指導士としての共通言語を獲得し、ネットワークでつながったことで、各施設でのチーム医療の向上にとどまらず、地域全体にもプラスの影響が及ぶようになりました。
課題はSNSの適切な運用法や活動費、周囲の理解が十分でないことなど
―ネットワークの活動や運営における課題は何でしょうか。
後藤先生 多くがX(旧Twitter)やFacebookといったSNSを広報活動などに活用していますが、適切な運用法を確立することが課題の1つです。SNSはプラスの連鎖をもたらしうる一方で、運用には高いリテラシーが必須です。また、強い思いを共有するが故に、自身の考え方と世間との間にずれがあっても気付きにくいという問題をはらみます。
土岐先生 かながわ心不全ネットワークから地域の薬剤師に向け啓発活動や勉強会のお知らせをしているのですが、意外とSNSの利用率が低く、まだeメールが中心です。「情報はファックスで」と希望されることも珍しくなく、効率的な情報発信について考えなければならない点は多いです。
中島先生 情報を届けたい人になかなか伝わらないというSNSの限界を実感しています。ネットワークの活動費の確保も課題の1つです。現在は有志の手弁当により運営しており、それが楽しくもあるのですが、今後活動の幅を広げていくには資金が必要と考えています。
心不全療養指導士の役割がまだ十分に認知されていないことも大きな課題で、ネットワーク活動に対し所属施設の理解が得られにくいケースも散見されます。たとえ施設の許可が得られたとしても、ネットワークという組織に必要な事務作業を不慣れな自分たちで行わなければならず、それも運営上の高いハードルになっています。
後藤先生 参加者が多くなると同じカテゴリー同士でグループをつくってしまいがちです。ネットワークを構成する多職種全体で問題点を共有し解決策を考えることが望ましいので、今後心不全療養指導士の数が増えることで職種別にネットワークが分断されるという流れを危惧しています。
互いを知ることがネットワーク立ち上げの要
―これからネットワークを立ち上げようとしている心不全療養指導士にアドバイスをお願いします。
土岐先生 まず、顔の見える関係性が重要であると私は考えています。最初に取りかかるべきなのは、同じ地域の他施設の人たちと積極的にコミュニケーションを取って、互いを知ることです。
中島先生 私も同意見です。心不全に興味がある人、より積極的に心不全診療に関わりたいと思っている人たちとつながりを持つことから始めるのがよいと思います。勉強会への参加をきっかけに同じ興味を抱いている人たちと出会う機会も増えると思います。
後藤先生 多職種連携の重要性を理解している現場のリーダー的な存在の医師をネットワークに引き込んでもらいたいですね。主役は当然ながら心不全療養指導士ですが、一緒に働くパートナーとなるような医師をネットワーク活動に巻き込み、バックアップしてもらうことで地域への影響力が強まり、勉強会なども開きやすくなるのではないでしょうか。私たち3人の経験に基づくアドバイスを表2にまとめました。

―最後に、今後の抱負や目標を教えてください。
土岐先生 メンバーからの一方向的なセミナーだけでなく、多職種カンファレンスのように双方向で交流できる機会を設けたいとの声が上がっているので、それを実現させたいと考えています。
最終的な目標は、かながわ心不全ネットワークの活動を通じ、神奈川県を心不全患者さんの円滑なケア移行が可能な地域にしていくことです。急性期病棟と一般病棟の間に存在する微妙な壁や、転院先とのコミュニケーションエラー、心不全患者さんに対する訪問看護や訪問リハスタッフの苦手意識などの課題解決には、心不全に関わるあらゆる職種の人たちが互いの役割を知り、それぞれのケアをつないでいくことが必要だと考えています。
中島先生 福心ネットでは、これまでをネットワークとしての足元を固める時期と捉え、地域や職種を超えた仲間づくりに重点を置いて活動してきました。次の段階では、新たな心不全療養指導士を増やすため、有資格者のさらなるスキルアップを目指す勉強会を年4回のペースで開く計画を立てています。その他、学術集会での報告や一般向けの啓発イベントの開催なども盛り込んでいます。
また、ネットワークには参加していないが心不全に興味がある人たちにもアクセスしてもらえるホームページ「HeartAid Link」(https://japanchfenet.jimdofree.com)を立ち上げました。
後藤先生 心不全は完治することがないため、うまく付き合っていくことが大切です。しかし、その認識はまだ十分に浸透していません。心不全療養指導士ネットワークは、心不全患者さんがより良く生きるにはどうしたらよいかを考えるという重要な役割を担った集団です。東海だけでなく全国のネットワークが、社会問題である心不全の啓発に新しい波を起こしてくれるものと確信しています。