バイエル産科婦人科企画 患者コミュニケーション向上企画Vol.2
センシティブな悩みを持つ患者さんも笑顔にさせる診療とは?
よしかた産婦人科分院
綱島女性クリニック
院長 粒来 拓 先生
産婦人科への受診の敷居を高くしている理由の1つとして、センシティブな悩みを医師に相談するのは恥ずかしいと感じることが考えられます。例えば子宮内膜症の症状として月経痛の他、性交痛や排便痛がありますが、これらはなかなか言いづらい症状なのかもしれません。一方、診察に当たる産婦人科医側も、多忙な外来診療の中で主訴以外の事柄について聞き取りをする時間を割くのは難しく、結果的に患者さんが抱えている深い悩みに寄り添い切れていないとのジレンマを抱える場合があるのではないでしょうか。
患者さんに寄り添いニーズに応えるにはどうすればよいのでしょうか。女性医学の観点から患者さんのQOL向上に取り組まれている、よしかた産婦人科分院 綱島女性クリニック 院長の粒来拓先生にアドバイスをいただきました。
患者満足度向上の鍵は「気持ちに寄り添い、適切な治療を提供すること」
産婦人科クリニックは、女性のライフステージ全般においてQOLを支援する重要な役割を果たす場であるにもかかわらず、当の女性からは敷居が高いと思われているのが現状です。そうした背景がある中で意を決して受診された患者さんには、「受診してよかった」と思ってもらいたいと願って、日々、診療に当たっています。
大学勤務が多かった私にとってクリニックでの診療を開始した当初、ハッと気付かされたことは、患者さんの主訴に対し教科書に書いてある治療法が、必ずしも患者さんのニーズと合致するわけではないという点です。主訴に基づき適切な治療を提供するのは医師にとって実に妥当な振る舞いであるはずなのですが、だからといって、患者さんが満足するとは限らないのです。
それでは、患者さんに満足してもらうにはどうすればよいのでしょうか? 私は、患者さんの診療に対する満足度を高める鍵とは「適切な治療を提供してもらえた」ともう1つ「気持ちに寄り添ってもらえた」と感じていただくことーこの2点に集約されると考えています。
最初のステップは、パンフレットを活用し患者さんの理解度を高めること
患者さんにとって、クリニックに初めて足を踏み入れた瞬間が最も緊張感の高い状態ですが、受け付けを済ませた後は徐々に不安を取り除いてもらえる環境を提供し、診察を終えた後には笑顔になって帰っていただくことを目指しています。
受診された患者さんに対しては、私が診察に当たる前に看護師が問診しています。その際、主訴だけでなく診察に対する不安、治療に対する希望などについて、網羅的に聴取・傾聴してもらっています。同時に、月経に関する知識、想定される検査と検査方法の希望、治療薬に対するイメージや要望などの確認も行います。その際に有効なのが疾患啓発パンフレットです。パンフレットに沿って月経に関する理解や抱えている症状などを聞き取ることで、口頭だけで説明するよりも患者さんの理解度が高まります。患者さんの症状を詳しく確認する上でもパンフレットの活用は有効です。例えば「セイコウツウ」や「ハイベンツウ」という音声で聞くよりも、パンフレットに書かれている文字を目にする方がはるかに症状として認識しやすいからです。問診から診察までの待ち時間を利用して患者さんにパンフレットを読んでもらい、治療や検査の希望についてご自身の気持ちを整理していただくようにしています。
患者さんの「つらさ」と「不安」に寄り添う診療で信頼関係をつくる
問診で聴取した内容は、看護師がサマライズして私に伝えてくれます。その内容を把握した上で私の診察が始まります。
患者さんによっては「こんなことを相談してもよいのだろうか」や「自分の症状は受診するような理由にならないのではないか」などを感じている方がいらっしゃいます。町医者として、どんなことでも気軽に相談する窓口でありたいと思っていますので、まず、患者さんが診療室に入って来られる際、特に緊張している方には「よく受診してくれましたね」と労いの言葉をかけたりもしています。そして、問診では患者さんが本当に課題としている「つらさ」と「不安」に焦点を当てて話を聞いていきます。
患者さんのニーズは、必ずしも「治してほしい」ではありません。自分の症状が何によるものなのか診断してもらいたい、検査をして異常があるかどうか確認したい(もしくは異常ではないと言ってほしい)、薬物治療は極力受けたくないなど、実にさまざまです。そして、症状の有無だけでなく「実際にその症状が生活に支障を来してつらい状況か」が大切であり、治療意欲につながります。私が「症状」そのものだけではなく「つらさ」について患者さんに問いかける理由は、その方が患者さんのQOLの状態を含む、より深い悩みや逼迫感、治療の必要性を的確に把握できると考えているからです。
また、「不安」は症状ではないので問診票では拾い上げることができません。意識的に「不安」を傾聴することで、その要因をさらに掘り下げてお尋ねします。すると、月経に関連する疾患に伴う症状による将来への不安や日常生活での困りごとが浮かび上がってきます。 そこで、あらためて月経や疾患についての説明を行います。月経に関連する痛みは自然なことではなく我慢すべきものではないこと、子宮内膜症の症状には月経痛の他、慢性骨盤痛や性交痛、排便痛などがあり、それらの痛みも治療によって改善できることなどを説明するうちに、性交痛や排便痛といったセンシティブな痛みについても、「そう言われてみれば、私にもその症状があります」と話してくれます。また、超音波検査や内診で癒着が疑われ性交痛や排便痛が想定される方には、「ちょっとお尋ねします。検査で内膜症の様子を見る限り、このような症状でお困りではないかと思うのですが」と言葉をかけるのですが、その際、自分に症状があることを自覚する方もいます。
患者さんのニーズを引き出すプロセスこそが女性医学
このように、患者さんが受診によって解決したい悩みについて、まず「つらさ」や「不安」という患者さん自身が話しやすい主観的な感情にアプローチして耳を傾けることで、患者さんが何を求めているのかが分かりやすくなりますし、患者さんにとっては「気持ちに寄り添ってもらえた」というポジティブな感情につながります。それを踏まえて診察のプロセスの中で具体的な症状・病態に掘り下げていくことにより、センシティブであまり他人に言いづらい症状であっても話しやすい雰囲気が形成されるのです。
以上のお話は医療者として当たり前といえば当たり前ではあります。ですが、日々、混雑してカルテに追われる外来の中では、意識的に行わないと難しいプロセスでもあります。一見、遠回りに思えるかもしれません。しかし、最初にこそ時間と手間を割くのが重要と思っています。患者さんがセンシティブな悩みを伝えるタイミングは初診時か再診時であり、その機会を逃すと患者さんは悩みを抱えたまま治療を進めることになり、結果的に治療に対する満足度を高めることが難しくなります。医療者の“ひとりよがり”な医療になりかねません。 そして、治療選択肢についてそれぞれのメリットとデメリットを説明する中で、患者さんにとって受け入れやすい「自分に合った治療」、すなわち患者さんのニーズに沿った治療が浮かび上がってきます。例えばピル(LEP製剤)に関心を寄せてもらえた場合には、LEP製剤の情報パンフレットをお渡しするのですが、自分の悩みを解決しうる治療法が見つかった、とパンフレットを嬉しそうに持ち帰る患者さんの姿を見るのはとても嬉しいことです。
患者さんのニーズに合致した適切な治療を提供すること、これは医師にしかできない役割です。患者さんの思いは多様ですが、ニーズを探るプロセスそのものが女性医学、すなわち女性のヘルスケアを支援することだと考えています。