バイエル薬品株式会社婦人科対象デジタルコンテンツ企画
患者さんに好印象を与え満足度を高める医療コミュニケーションとは?

吉岡 郁郎 先生

長野県立木曽病院
産婦人科
科長 吉岡 郁郎 先生

 日常診療に当たり、患者さんの意思決定を支援する医療が重要であると理解しているものの、受診患者で混み合う婦人科外来診療では、コミュニケーションに割く時間が限られるとの悩みが聞かれます。では、その限られた時間の中で患者さんとの信頼関係を構築するには、どのような行動、対応が必要なのでしょうか。長野県立木曽病院産婦人科・相談外来(不定愁訴外来の木曽病院における標榜名)で診療に当たっている吉岡郁郎先生に、患者さんと信頼関係を築く上で心がけていること、問診時の工夫などについてお話を伺いました。

治療目標の共有が信頼関係の第一歩

 最初に、患者さんと医師の信頼関係を考える上で、私たち医師と患者さんの間に大きな乖離がある「治る」という言葉のイメージに対し、両者が共有できる部分をいかに広げるかが重要であると思います。しかし、私たち医師と患者さんの間で「治る」のイメージには大きな乖離があるようです。相談外来を訪れる患者さんの多くは、「これまでいろいろな治療を受けてきたが治らない」との悩みを抱えています。しかし、多くの疾患、特に慢性疾患や加齢に伴う疾患において、患者さんが求めている「治る」=「元通りに戻る」ことはあまり多くないと考えられます。ですから、患者さんに対し、元通りに戻ることはほぼないこと、例えば更年期の方には、「どんなに望んでも30歳代に戻ることはない」というように私は率直に伝えます。そして、私と患者さんで「治るとは何を指すのか、どのような状態を治ると捉えていくのか」といった両者の「治る」という着地点を共有することが信頼関係の一歩であると考えます。そうすることで、患者さんは現時点で考えられる最良のゴールが明確になり、結果、前向きに治療に向き合っていただける印象があります。

患者さんのコミュニケーション能力に応じた工夫を講じる

 次に、種々の悩みを抱える患者さんの診察には時間がかかりがちですが、時に短時間で済む方もいらっしゃいます。診察に当たる医師の誰もが実感しているこの診察時間の長短については、日ごろからその原因を考えることなく感覚的に受け入れていると思います。それを理論立てられないかと考えたとき、精神科や心療内科の外来におけるコミュニケーションが苦手な発達障害の患者さんの特徴として紹介された内容が、私が普段外来で対応に難渋する患者さんの特徴と類似性があると感じました。それを基に患者さんのコミュニケーション能力を捉える手段にならないかという動機で、不定愁訴スコア(SIC:Score of Indefinite Complaints)を考案しました。当外来では初診の傾聴時にSICで患者さんのコミュニケーション能力を捉え、対応を工夫しています()。この取り組みで個々の患者さんへの対応を工夫することにより、患者さんは「自分が受け入れられている、分かってもらえている」といった好印象を持たれるようです。
 実際の外来では、私はまず「当外来によくいらっしゃいました。ありがとうございます」と患者さんを迎え入れます。そして「つらかったですね」、「ゆっくり、落ち着いて思い出してみましょう」と歩み寄り、いわゆる5W1Hの問いかけで患者さん自身の思考整理を手助けします。どう話せばよいのか分からない状態で訪れる患者さんも少なくないため、順序立てて問いかけつつ、SICを基に話しやすい雰囲気をつくるよう心がけています。そして患者さんが話し切ったとおっしゃったところで、「一緒に最善策を考えましょう」と言います。こういった一連の言葉がけをすることで、患者さんには伝えきれなかったといった消化不良感がなく、しっかり話を聞いてもらえたといった好印象を弾みに、治療に前向きになっていただけているようです。
 ここで私が問題視しているのは、多くの悩みを抱える患者さんはドクターショッピングにつながりやすいという指摘です。その原因の多くが訪れた外来での不満足感であることから、私は、できるだけドクターショッピングを減らせればとの目標も持って取り組んでいます。

一瞬を大切に、顔を見て目を合わせての言葉がけ

 ここで、多忙な外来診療では、患者さんとの一瞬を大事にすることが肝要だと私は考えています。私の印象では、女性は初対面の印象を大切にされている方が非常に多く見受けられるように思います。初診時の対応いかんでは、後の診療の成否に影響を及ぼしかねません。ですから、外来では初対面である患者さんの「今日の調子」を一目で見分けねばなりません。見るからに具合が悪い人は明らかですが、見た目ではその日の調子の程度が推し量れない場合、私はまず、いわゆる定型的なコミュニケーションとは異なる一声を患者さんにかけて反応を見ています。例えば「今日は暑いですか?」という診療には関係のないと思われる問いかけです。この一声をかけたとき、余裕がある人は必ず答えてくれます。しかし具合が悪い人であれば、そんなことはどうでもいいという反応を示します。
 顔を見て、目を合わせて言葉を交わせば患者さんの表情を見逃しませんし、変化に気付くことができます。その気付きを生かすのも大切なのです。
 また、私はカルテに記した患者さんの印象や特徴のメモをコミュニケーションに使っています。例えば、初診時にきれいな髪飾りを着けている患者さんが、再診時に着けていなかったら、「どうしましたか?いつもと違うから気になったのですが」など、患者さんの状況について掘り下げたいときにも使えます。
 以上のような診察時の工夫の積み重ねにより、信頼関係が構築されると考えています。

隠れた治療対象の発見と患者さんの選択の尊重が、治療への参加意識を高める

 さらには、問診票に書いた症状のみにとらわれていたのでは気付かないのですが、実は治療対象が隠れていることが少なくありません。ですから、私は初診時の問診票上の主訴と患者さんの様子に違和感を覚え、説明に時間を要すると考えた場合はこの隠れた治療対象(随伴症状とも表現します)を疑い、問診後は採血などの検査を行うだけにとどめます。そして再診時、検査結果を基に患者さん(初診時に比べクールダウンしている方が多く見られます)と治療方針を話し合う際、患者さんが自覚していなかった隠れた治療対象を治療ターゲットとして提案することがあります。無自覚であった問題点に医師が気付き、適切な治療を提案されることは、患者さんにとって驚きとともに希望を与えることができているようです。
 また最近では、患者さん自身がテレビやインターネットで調べた上で受診されるケースが増えており、この薬を使いたい、この治療を受けたいと希望されることがあります。そうした場合、私は基本的に患者さんの意向を優先しています。婦人科が扱う疾患は慢性的なものが多く、治療は長期的に付き合っていく性質であるため、明らかに健康を損なう心配のあるものでない限り患者さんの選択を尊重しても差し支えないと考えるからです。こうして治療内容を患者さん自身が決めることで参加意識が高まります。そして、①最初の治療がうまくいかなくても次こそはとの期待を抱いて来院するケース、②軽快したことで十分と捉えるケース、③ここまでやってもあまり変わらないのなら、症状とうまく付き合うしかないと捉えるケースーなど、患者さんはそれぞれに自分なりの落とし所に帰結します。症状とうまく付き合いながら生活の質を高めるという観点では、こうしたアプローチも治療の一環といえるでしょう。

「何かできないか」と模索することを諦めない

 同じ「治療」でありながら、「手術」と名が付けば1人の患者さんに複数の医師が時間をかけて当然とされるのに、「外来」には時間がかけられないのはなぜでしょうか。私たち医師は「外来診療=時間がないのが当然」という思い込みに陥っているのかもしれません。とはいえ、外来診療は多くの患者さんに対応せねばならず時間が限られているのは動かし難い事実です。実に大変ではありますが、限られた中で何かできないかと模索することを諦めない姿勢が大事であると私は思います。
 実際、私が1日30〜50人の外来患者さんを診療させていただいたころからの工夫です。1分の余裕があれば、1分間患者さんの顔を見て相づちのみで傾聴、2分あれば、それに加えて考えられる病名を列記するなど、積極的にメモ書きなどを作成し手渡すということを意識的に行うよう努めています。患者さんは、医師が紙に書いて渡しただけでも好印象を抱いてくれます。
 ここでご理解いただきたいことは、コミュニケーションに不得手な患者さんがいるのと同様に、実は、医師をはじめとした医療スタッフ側にもコミュニケーションに悩んでいる人が少なくありません。まずは医療スタッフもコミュニケーションが下手であることを自覚するのが大事です。これは一朝一夕に解決することではないので、周囲の医療スタッフがサポートし合うのも良い方法だと思います。
 最後に1つ、ご活用いただける可能性のある言葉を紹介します。求めるものが自分でもはっきりしない患者さんの場合、病状を私たちに伝え切れていないのかもしれません。患者さんに伝え切ってもらうにはどうすればよいか?患者さん自身に導いてもらいましょう。それを可能にする言葉が「それで?」です。「それで?」は、あなたはどう困っているのですか? あなたはどう感じているのですか? あなたはどうしたいのですか? を包含する問いかけです。傾聴と「それで?」を繰り返していけば、おのずと患者さんの求めるものに行き着きます。患者さんが言い切り、医師がニーズを探り当てたところで、「それでは、このような治療はいかがでしょう?」「このような対処法がありますよ」など、種々の選択肢を提案します。それにより患者さんのニーズを満たしていきたいものです。

表. 不定愁訴スコア(SIC:Score of Indefinite Complaints)の概要

項目 対応
視覚補助 口頭の説明では理解を得るのが難しく、メモやパンフレットなどの視覚的補助が必要なケース
  • 手書きメモ、図表、プリント、パンフレットを積極的に利用して説明する
  • フォントはゴシック体を強く推奨
発言の繰り返し 愁訴に直接関係がないと思われる話題について、同じ内容の発言を繰り返すケース
  • まずは傾聴を続ける
  • 3回以上繰り返す場合は、質問を挟むなど話題の転換を図るまずは傾聴を続ける
会話のズレ 会話中に本人が意識していないと思われる会話のズレが認められるケース
  • まずは傾聴を続ける
  • 3回以上ズレる場合は、質問を挟むなど会話を妨げないよう話題を戻す
行動などの限局 会話内容や動作などにこだわり(限局)やパターン化が認められるケース(限局が強い場合、医療者の質問を受け付けない、何か手にしていないと話ができないなどがある)
  • 初診の診察中に話す内容や動作、服装、化粧、装飾品などの印象を記しておく
  • 再診時に言動内容、動作、服装、化粧、装飾品などについて初診時との変化を捉える
  • 変化について思うところをコミュニケーションの材料にする

各項目0〜2点、8点満点。高得点者の場合、コミュニケーション能力に問題がある傾向があり、より配慮が必要と判断

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